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香辛料について


第一回 香辛料の歴史

今回から、毎日の料理や生活一般に欠かせない香辛料について考えてみることにしました。

 香辛料は文字通り香や辛味を持つ植物で、少量で効果のある部位、すなわち果実、果皮、花、蕾、樹皮、茎、葉、種子、根、地下茎、球根等が利用されます。
 調味料としては、食品に香や風味、色や彩り、辛味を付けたり、臭みを消す目的などに使われ、ハーブとスパイスに大別されます。ハーブは、花、茎、葉を利用し、生の状態でも使います。スパイスは、ハーブに入らないものの総称ということになります。しかし使い分けが曖昧なものもあり、世界的に見ても定義付けはまちまちのようです。
 調味料以外にも焚香料(香木、線香)、化粧料(香水、化粧品)、医薬品(漢方薬、アロマセラピー、薬用茶)、その他の薬剤(防腐剤、防臭剤、殺虫剤)等いろいろな分野に使用されています。

歴史

 インドでは既に紀元前3千年頃から黒胡椒やシナモン、クローブ(丁子)、ナツメグなどの多くの香辛料が使われていたことが分かっていますが、ヨーロッパでは生産地が遠いことから、伝わるまでにかなり時間がかかったようです。しかし古代ローマ時代(紀元前後)には既に東洋の香辛料がインド経由でヨーロッパに輸出されるようになりました。
 それにしても、今では安く簡単に手に入る香辛料を、どうして当時の人々は拙い技術でこんな遠路を運ばなくてはならなかったのでしょう?
 ヨーロッパ人は古くから肉食民族で、冬季の肉の長期保存が必須でした。たいてい塩漬けにしていましたがこれにも限界が有り、だんだん腐敗してしまいます。しかし春までは有るもので生き延びなければならず、腐りつつある臭い肉も食べていました。そこに抗菌や防腐の働きもある香辛料が現れ、臭みを抑えしかも美味しくするとなると、魔法の品のように扱われました。更に胃や腸、肝臓の薬としても使われ始めます。極端な場合では、チフス、コレラなどの死病にも効くと信じられるようになります。また、当時の低い衛生観念と肉食に伴う体臭を消すためにも、香辛料は重要でした。特に胡椒などの辛さやクローブの甘い香りは一種の中毒症状を呼び起こし、人々は香辛料無しではいられない状態にまでなってしまいます。つまり、香辛料は生きるための必需品でありながら魅力的で、黄金に匹敵するほど貴重視されていたのです。当然権力と富にも多大な影響を及ぼしたため、人々は命を懸けても香辛料を追い求めたのでした。
 中世になると造船技術や天文学などの科学が発達し、ヨーロッパ人のアジアや新大陸への進出が始まりますが、貿易の主導権争いや、原住民に対する略奪、虐殺、強制等も合わせて、東の香辛料をめぐる戦いはかなり残酷なものであったようです。コロンブスが西に向けてヨーロッパを出たのはその回避だったという説もあります。

 一方日本ではこのような需要はほとんどありませんでした。日本人はまず肉食民族でなかったことが挙げられますが、発酵調味料を知っていたことも大きな理由と思われます。ただし香辛料の漢方薬としての利用はままあったようで、古事記には、生姜や山椒を指している『はじかみ』や、東大寺の正倉院に残る献納目録『種々薬帳』には、舶来生薬として胡椒や桂心(桂皮、シナモンのこと)の名が出ています。
 中世期になると身近な草菜を使った『薬味』の概念が出てき、江戸時代にはどんどん発達していきました。しそ、葱、生姜、わさび、辛子などは、今でも和食に欠かせない香辛料です。その他にも、スパイスやハーブとは考えにくい『おろし大根』や『刻み海苔』なども薬味として好まれています。この時代に書かれた料理書『素人包丁』には、肉桂(ニッキ、シナモン。薬用では桂皮)や、山椒、柚子、唐辛子もあり、いかに江戸っ子達がグルメであったかが想像されます。しかも『七味唐辛子』は当時の日本独特のブレンド・スパイスだったということです。
 大正時代に入るとカレーライスがお目見えし、刺激の強いカレーの味覚も少しずつ日本人の人気を得ていきます。今では子供から大人まで、カレーライスの無い家庭食は考えられません。
 第二次世界大戦後は生活の西洋化、また外国との交流が更に進み、経済成長期には世界の料理を楽しむ余裕も出てきました。近年になって、エスニックブーム、イタリアンブーム、韓国ブームなどが起こり、一気に様々な世界の香辛料が普通の家庭料理に入ってくるようになりました。それに伴い香辛料の利用も増え、香辛料を使った食品(ケチャップ、ドレッシング、マヨネーズ、ウスターソース、カレールウ等)も豊富になっています。

 次回は、香辛料の特性と役割について探っていきたいと思います。